行動経済学会ベストナッジ賞

<行動経済学会ベストナッジ賞について>

行動経済学会では、行動経済学研究の社会への応用と実装を奨励し顕彰することを目的として、2022 年度より「行動経済学会ベストナッジ賞」を設定しました。行動経済学会年次大会におけるベストナッジ賞セッションの報告事例を審査し、来場者の投票結果を参考にしながら、特に優秀と認められた報告事例に対して「行動経済学会ベストナッジ賞」を授与します。

2018年度・2019年度・2021年度には、行動経済学会と環境省の共催で、「ベストナッジ賞コンテスト」を試行的に開催しました。その受賞事例にも、「行動経済学会ベストナッジ賞」が授与されます。

2022年度からは、「行動経済学会ベストナッジ賞」の受賞事例には、その受賞を根拠にして、環境省より「ベストナッジ賞(環境大臣賞)」も授与される予定です。

<2023年度の審査結果及び講評>

審査結果:

2023年度の「行動経済学会ベストナッジ賞」の選考委員会は、下記の行動経済学会員で構成されました。

選考委員長:
佐々木周作(大阪大学)
選考委員:
會田 剛史(一橋大学)
大竹 文雄(大阪大学)
竹内 あい(立命館大学)

第一段階の書類選考、第二段階のポスター報告選考を踏まえた選考委員会による厳正な審査の結果、下記の1事例に「行動経済学会ベストナッジ賞」を授与するとともに、環境省ベストナッジ賞(環境大臣賞)に推薦することで決定いたしました。

「刑務所における受刑者の就労支援希望の申し出促進策」
発表者:鈴木 貴之・菊池 明宏(法務省・総務省)
実証フィールド:刑事施設

なお、次点(優秀賞)や会場投票によるオーディエンス賞には、下記事例が選ばれました。

次点(優秀賞):
「国土調査用 閲覧案内ハガキの文章見直しについて」
発表者:大家 正裕(チームナッジやわたはま)
実証フィールド:愛媛県八幡浜市
オーディエンス賞:
「南北自由通路“おしチャリナッジ”プロジェクト」
発表者:銀林 悠・田代 興大・石﨑 つばさ(東京都狛江市・未来戦略室)
実証フィールド:東京都狛江市

講評:

今年度の「ベストナッジ賞コンテスト2023」では10事例の発表がありました。昨年度と同様に、中央省庁・地方自治体・民間企業・大学など多様な団体に所属される方々から発表があり、ナッジの実践の裾野が、引き続き日本社会に広がっていることが実感されました。一方で、ナッジのアイデアやデザインは大変興味深いものの、その効果を可能な範囲で正確に捉えるための設計が十分に組めていない発表も複数見られました。ナッジの実践を、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)の手続きとの組合せで進めることの重要性と意義を伝えていくことの必要性もまた実感されました。

 その中で、今年度「行動経済学会ベストナッジ賞」を受賞された「刑務所における受刑者の就労支援希望の申し出促進策」は、(1)受刑者の就労支援促進という社会的意義の高い課題に取り組んでいる点、(2)刑事施設においてクラスター・ランダム化比較試験を完遂している点が、選考委員会で非常に高く評価されました。

 (1)について、就労支援の強要はできない中で、また受刑者に伝達するための統一的なチャネルが限定される中で、介入手段として、ナッジを活用した紙の文書を採用することの妥当性は高いと評価できます。また(2)について、受刑者同士の交流によるコンタミネーションを考慮して、普段行動を共にするグループ単位でのクラスター・ランダム化比較試験を非常に高い質で実行しています。刑事施設の環境や様々な調整事項を踏まえると、研究者単独でこの実証事業を実現することはおそらく難しく、効果検証の手法に関する知見を有する実務者だからこそ完遂できた事業であると評価できます。

 今回設定された結果指標(就労支援希望)では群間で統計的に有意な差は観察されませんでしたが、そもそも就労支援を希望する割合が実際に受ける割合よりも非常に大きいことが判明しました。ここから意向と行動の乖離を埋めるためナッジの内容やタッチポイントを改善していくことが次の一手であることが示され、また、改善のための参考データは今回の実証事業から取得できており、ナッジ×EBPMとして建設的な手続きをこれから踏んでいける点も、選考委員会では高く評価されました。

 次点として、「国土調査用 閲覧案内ハガキの文章見直しについて」優秀賞としました。国土調査という行政職員ならではの着眼点と、葉書の宛名面を使用したシンプルな介入が評価されました。一方で、国土調査に同席対応する必要性が理解しづらいという大本のボトルネックに対処することが重要、という指摘が選考委員会では上がりました。また、一年間の実証事業ではサンプルサイズがまだ小さく、複数年継続した上で効果測定する必要性も指摘されました。  行動経済学会・第17回大会の参加者による投票では、「南北自由通路“おしチャリナッジ”プロジェクト」が最多票数を獲得しました(オーディエンス賞)。多様なステークホルダーが協力して作り上げた介入内容とデザインは大変魅力的ですが、自転車で走行することが物理的に大きく制限されていて、選択の自由を確保するというナッジの条件がどのくらい配慮されているかという指摘が選考委員会では上がりました。また、介入前のベースラインの測定期間が1日と短く、効果測定の点で改善の余地があるという指摘もありました。

<2022年度の審査結果及び講評>

審査結果:

2022年度の「行動経済学会ベストナッジ賞」の選考委員会は、下記の行動経済学会員で構成されました。

選考委員長:
佐々木周作(大阪大学)
選考委員:
石原 卓典(京都先端科学大学)
岩﨑 敬子(ニッセイ基礎研究所)
西畑 壮哉(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
森  知晴(立命館大学)

第一段階の書類選考、第二段階のポスター報告選考を踏まえた選考委員会による厳正な審査の結果、下記の4事例に「行動経済学会ベストナッジ賞」を授与するとともに、環境省ベストナッジ賞(環境大臣賞)に推薦することで決定いたしました。

「タクシー駐停車マナー改善ナッジ」
発表者:小林 健太郎(NTTデータ経営研究所)
実証フィールド:京都府京都市
「歩きスマホを防止するナッジ:フィールド実験による検証」
発表者:古木 一朗(三菱電機情報技術総合研究所)
実証フィールド:滋賀県彦根市
「可燃ごみ処理費の開示による資源循環促進」
発表者:日室 聡仁(NECソリューションイノベータ)
実証フィールド:宮城県南三陸町
「駐輪場の自転車の並びの改善へのナッジの活用」
発表者:堀井 彩帆,花田 彩芽,両見 真純(広島大学附属高校)
実証フィールド:広島大学附属高校

講評:

 今年度の「ベストナッジ賞コンテスト2022」では過去最多16事例の発表がありました。発表者の所属先が地方自治体・民間企業・大学・高等学校などと多様であること、いずれの事例においても介入の内容や検証の手続きが堅実であることから、ナッジの実践の裾野が、高い質を伴って日本社会に広がっていることを改めて実感できました。

 その中で「行動経済学会ベストナッジ賞」を受賞された4事例は、優れた新規性・独創性を有し、今後のナッジ実践の取組みにさらに新たな視点を提供してくれるものです。
 詳しい解説は選評に譲りますが、「タクシー駐停車マナー改善ナッジ」は、窓付き看板でタクシー運転手と利用者の両方に介入している点、利用者の参加により介入効果の増幅を試みている点がユニークで、選考委員会で高く評価されるとともに、行動経済学会第16回大会来場者による投票において最多の票数を獲得されました。
 「歩きスマホを防止するナッジ:フィールド実験による検証」は、ナッジの実践で一般的に採用されることの多い「他者や社会を意識させる介入」を、楽しさ・面白さを感じられるように演出することで、介入による不快感を低減させられた点が高く評価されました。
 「可燃ごみ処理費の開示による資源循環促進」は、客観的な事実の中から「いくらの費用を他市に支払っている」という損失回避や社会選好に関連する事実を見つけられれば、単純なチラシの提示であっても大きな改善効果を生むことのできる可能性を提示した点が高く評価され、2019年度に続いて、二度目の受賞となりました。
 「駐輪場の自転車の並びの改善へのナッジの活用」は、他の同様の取組みではアンケートによる意識調査などで効果測定されるだろうと想像されるところを、あくまでも行動に基づく評価にこだわり、ユニークで妥当な結果指標を考案して地道にデータ化された手続きが模範的であるとして、高く評価されました。

 惜しくも受賞に至らなかった事例の中にも、今後の発展可能性を感じさせるものが多くありました。効果がないという仮説が棄却されないことの確認に基づいた経費削減、空き家問題の解決のためには空き家になる前の段階からの働きかけが必要というタッチポイントの選定、職員同士のコミュニケーションの誘発装置としてポストイットの簡易活用、無作為比較試験が実施できない際の効果測定の工夫などの点で、多くの事例が好事例として選考委員会で言及されたことを申し添えて、今年度の総評といたします。

<2021年度までの受賞事例のご紹介>

2021年度

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「固定資産税の口座振替勧奨ナッジ」
つくばナッジ勉強会「避難行動要支援者の同意書の返送率の向上~封筒メッセージの効果検証~」

2019年度

NEC ソリューションイノベータ株式会社「感謝フィードバックによる資源循環促進」
中部管区警察局岐阜県情報通信部、関東管区警察局静岡県情報通信部「オプトアウト方式による休暇取得の促進」

2018年度

株式会社キャンサースキャン「大腸がん検診受診行動促進プロジェクト」
京都府宇治市「犬のフン害撲滅パトロール「イエローチョーク作戦」」